『民主主義とは何か・宇野重規著』読後のまとめ

 市議会議員 佐藤 壽三郎


@ 「多数決と少数派の尊重」について
地方議会は国会と異なり議員首長制でないにも関わらず、与党と野党の分別が暗黙の裡に敷かれていて、遠望した施策や捉え方が排斥される場合がありますが、議員としての本分に従っての表決であれば、異存はありません。表決が紙一枚で分かれた議案の採決の結果を懼れます。

 地方議会は、専門知識を携えた議員は極めて少ないと思います。否、地方議会市民の多種多様な議員の発言による、一般常識的な判断を期待しての議会構成を目指す場なのでしょうか。最近の社会情勢は複雑化、重曹構造であることを勘案するときに、上程される条例、予算、決算審議における、議員の知識も「広く・浅く」では歯が立たず、法律知識(行政法・民法等)、地方税や地方財政知識に基づいた思考・分析能力が求められていることは、委員会審査等でひしひしと感じます。

 「民主主義とは何か」の観点から、議員の発言或いは表決については、選挙によって選ばれた代表者であることをお互いに重く受け止め、採決の結果が少数派になった場合の意見は、等しく意見を尊重されるべし、表決の度に自重しております。  


A「民主主義とは選挙に尽きるのか」について
 民主主義とは、市民は何が問題であるかを理解し、判断し、その決定を実行す公職者の責任を厳しく追及しました。まさに民主主義とは「参加と責任のシステム」だった・・・(文中略)近代の議会制民主主義が民主主義である理由は、どうしても選挙で代表者を選ぶという一点に集中しがちです。(『民主主義とは何か・宇野重規著』250頁〜)民主主義とは、選挙を通じて国民の代表者を選ぶにある。一方で自分たちの社会の課題を自分たち自身で解決していくことが大切であり、選挙だけが民主主義ではない主張が対峙しるようだが、筆者はr「両論は対抗的ありつつも相互補完的に捉えるのが妥当ではないか」と・・・

 私も地方議員を6期務める経験からして、選挙の開票結果が総てを評価する材料にはならないと思っています。組織票の絨毯に乗っての得票を振りかざしても実が無ければ、議会内での支持は得られません。その意味からすれば、民主主義とは選挙に尽きるとは些か疑問です。議員としての資質は、今、何が問題で、市の為には何を為すべきかを理解し、判断し、その決定を実行する公職者と相互補完的に協力する力量が議員(議会)にも必要であると思っております。


B「民主主義は制度なのか理念なのか」につい
〇民主主義は制度と捉える:国民が主権者であり、その国民の意思を政治に適切に半円させる具体的な仕組みだとする。
〇民主主義は理念だと捉える:平等な人々が共に生きていく社会をつくっていくための、終わることのない過程だとする。
 
筆者は、両面があることを前提に、両者を不断に結び付けていくことが重要だとする。  (『民主主義とは何か・宇野重規著』252頁〜)


思うに、議会の役割を咀嚼して、「無力な議会」と謗られないように、前記のとおり議員として、今、何が問題で、市の為には何を為すべきかを模索し、策を判断して、その決定を議会と市長部局が共に推進することが、現代社会に求められる議員(議会)像と思います。

2021年1月1日