甫水会館の思い出


 甫水会館は東洋大学正門前にある施設である。東洋大学卒業生のための校友会本部であるが、かって、甫水会館は上京した校友会員(卒業生)は宿泊出来た。私も二度ほど利用したことがある。電話かFAXで予約でき、当日上京すると入口で宿泊手続きを済ませて部屋が指定される。建物の目前には母校の学舎が広がる。社会人として何十年も前に4年間通った母校を窓から眺めるのも。何という贅沢な宿泊施設ではないか。

 学生であった昭和40年代の白山界隈を何と表現をしたらよいのか迷うが、大学の気風がせかせかしていないおっとりした校風であったこともあって、大学界隈の街もせかせかしたものではなかった。校門前にバス停があって、巣鴨(志村車庫)⇔一ツ橋間を行き交う都バスで、国電の巣鴨駅に出るか、水道橋駅に出るかの分れであった。大学は国電の中央線と山手線の中間に位置していたため聊か不便であった。私は都電19系統で蓬莱町から本郷三丁目に出て丸ノ内線に乗り換えるコースであったが、下校はいつも最終電車帰ることとしていたので殆ど乗客は無かった。然し、終点の本郷三丁目停留所に下りると、街は22時近くであるにも拘わらず人々が溢れて賑やかであった。停留所前にあるスタンド式焼き鳥屋に立ち寄って、栄養補給として串を決まって三本食べた。確か1串30円であったと記憶する。学食のかけうどん、かけそばが1杯30円、巷の焼き鳥が1串30円と学生にとってはたらふく食べられる値段であった・・・。

 甫水会館は正直言って夜中はこれほど淋しい宿泊施設は無い。宿泊出来る部屋は数部屋しかなく、このビルは管理人を除いて宿泊者のみで、ホテルと違って一晩中灯りが灯っているロビーやホールなどなく、廊下の照明も暗い。気の小さい人はとても泊まれる施設ではなかった。これがどうも利用者には不評であったように感じる。浴場は地下にあった。浴槽は結構大きくてゆったりと入浴できた。偶々同じ日に宿泊した御仁と浴場で一緒になった。丸坊主で身のこなしからして修行僧なのであろうか(学生時代の東洋大学は、将来僧侶になられる学生も校内には多く見かけたものである)、当時20代後半であったあの青年も屹度どこかで甫水会館を思いだしているであろうか。

 学生時代は下宿から母校に登校したが、然し甫水会館から都内の研修会場に出向き、夕方母校に戻る行動は真逆であって、学生時代と違った雰囲気で可笑しかった。

 甫水会館は現在は卒業生に宿泊施設として提供していない。大志を抱いて白山の門を叩いた大学時代の原点に戻る意味でも、母校愛の高揚のためにも、上京した折は敢えて甫水会館に泊まる意義があったと感じるが、宿泊サービスの廃止は残念と感じている。


2012/10/11記す。