地方主権時代の議員像について

市議会議員 佐藤 壽三郎


 地方分権時代或いは地方主権時代の議会や議員の役割を、力説すればするほど、稚拙な理由をあげて拒否をする輩にはうんざりだ。

 まさか地方議員で、憲法をじっくりと第1条から読んだこともなく、地方自治法や行政法を、一度も紐解いたこともない者はいないと信じるのだが、議案を俯瞰的に論議を進めると、どうも歯車がかみ合わないものがある。議員の素養ありなしは、その議員の背後に憲法が背骨としてあるかどうかでなかろうか。

 憲法を生まれながらに知っているとか、先天的に本能として備えているものではない。言わば後天的知識として修得するほかない。これは自らが知るための自発的学習をしなければならない。知ることと知る手段は学歴を問う話でもない。しかし議員である以上、憲法は最低必修の心得であり、これは思考の背骨でありうる。

 この背骨が無いと、議会の役目が何であるかを見失い、議員は市民の負託を得ての役職であることの、自覚に欠けるきらいがある。議会の機能の解釈を本末転倒し、邪な政治ごっこに終始し、徒に「聴く耳を持たない」の独善に陥る。これでは議会改革は一歩も前に進まない。相手の発言に対しての理解力の欠如は議員にとって致命的なものであり、結果的に議会にとっても大きなお忘れものとなる。時代の流れを読み取ることができるのか、新撰組の如く時流に逆らうのかは、将に憲法感覚があるか無いかである。

 新撰組は、幕府に仕立て上げられた幕府の用心棒集団であった。戊辰戦争以降は、新撰組も幕府の力が失せたのと比例して、糸の切れた凧の如きく京都から函館までの迷走でしかなかった。惜しいかな近藤勇、土方歳三であり、彼らが幕府ではなく、万民の幸せを願う意志が多少なりとも脳裡にあったならば、剣を以って斬り込む手法でなく、法による社会の秩序構築に気づいていたならば、無用の流血は避けられ、明治の時代はもっと駆け足であったかもしれない。

 主権者である市民から、選挙を経て当選さえすれば、イッパチの議員であり、法知識のある無しに拘わらず、法治国家日本を支える議員である。法知識を備えているか否かは必要ないと、言い張る議員もいるようであるが、果たしてそうであろうか。

 政(まつりごと)を託された以上、議員に当選してから俄かに法律を学ぶこと自体はおかしな話であるが、法知識のない議員は、法を学ぶ機会を自らつくりだすことが必要であろう。法律を学ぶ手立てを学校に通わなければ学べないと思うのは妄想である。法律はリンゴ箱の上でも学べる。

 知ったかぶり少年の話は、どこかの国の逸話だが、知ったかぶり少年の老いた姿は、悲しいかな幾つになっても時代を読めないでいる。ここは市民の眼で真贋を確かめて欲しい。
 


2010/08/21 (土) 記す