会報ことぶき 統合版 第8号

新しい力が 大きな流れとなり
須坂市を大きく変えます。


 須坂市議会議員 佐 藤 壽三郎

私 の 提 言
 後援会会員の皆様に、私は4年前、「新しい力の大きな流れを」のスローガンを掲げて市政壇上に送って頂きました。議会での新しい力の大きな流れは、須坂市にとどまらず、長野県までもを大きく変えました。この大きな流れをもはや止めることは出来ません。立ち止まることは何もしなかったと同じだからです。どうか流れがうねりとなるように温かいご支援をお願い申しあげます。最近は市政に関心を持たれる方が増えて来まして、市議会議員としてやり甲斐を感じます。市政を考えるとき、併せて県政や、国政についても思いを巡らすことを必要と私は思いますが、あなたは如何お考えになりますか。小都市ながらもきらっと輝く須坂を、ご一緒に築こうではありませんか。

須坂市を大きく変えます。
1. 国政について。
例えば瀋陽の日本領事館不法侵入事件について、亡命者五人の人命救助の処置がなされた事は喜ばしいことですが、日本国の主権が侵されたことについての事案は、未だにすっきり解決されていません。政府は受けた屈辱を寛大に認めるとしたら、これは腰抜け外交であります。政治家の心得を、私が尊敬してやまない西郷隆盛公は、『正道を踏み国を以って斃(たお)るるの精神なくば、外国交際は全(すべ)かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却(かえ)って破れ、ついに彼の制を受くるに至らん』と述べています。私は、国の威信とは国民の絆と感じますが、あなたは如何お考えになりますか。

 北朝鮮の拉致事件。これは現代版安寿と厨子王です。まさに人攫(さら)い行為です。5人の被害者が祖国日本に「帰国」されました。問題の処理について、国家が全てを凌駕することが望ましいのか、被害者(配偶者と子あるいは孫を含めて)の意思を尊重すべきなのかが焦点になっていますが、被害者の家族は24年間を生きていることを信じて探し続けたのであります。まさか北朝鮮に連れ去られていたとは思わなかったでしょう。被害者も祖国に帰れないと観念しての24年でありました。日本国と国民が国家の威厳にかけて拉致被害者と北朝鮮に残してきた家族をとことん護ってあげることが必要と考えますが、あなたは如何お考えになりますか。

2.県政について。
 
 良識の府であるべき県議会が、権限の乱用としか思えない演目の茶番劇を、県民は議会の横暴さと判断し、県知事選で「議会に非あり」と鉄槌を下しました。県議会の混乱を、国民主権主義を掲げた新憲法が施行されて55年を過ぎたので、市民も県民も民主主義が醸成された結果とみるのか、それとも制度疲労と捉えるのか。皆で真摯に民主主義とは何かを見つめ直す時機にきていると思いますが、あなたは如何お考えになりますか。

3.須坂市政について。  
         議員は、市民のために是々非々が言えることが務めです。

 
 
市議会議員として、現下の国や長野県の財政危機状況、須坂市の財政実情、5万5千須坂市民の将来に亘る財政負担、富士通の大リストラによる人心の荒廃を慮るとき、市長は、総合体育館建設計画凍結することは当然の話と思えました。私は、議員の本分は、須坂市民のために何をなすべきか、須坂市にとって有益なことは何か、これが須坂市民にとって有益なことか否かを是々非々をもって発言することが大切な責務であると思います。この4年間、市民の皆様方から負託されました議員の本分を十分に認識し、議員活動をしてまいりました。あなたの私に対する評価は、如何でしょうか。                                                              
  


                   


私は、須坂市民のために、5つの提唱をします。


1.議会の機能の復権をはかり、議会制民主主義を主軸とした市政運営を目指します。
 
 
地方自治は、国政と違って公選された首長と公選された議員で成り立っています。議会と首長(市長)は両輪に例えられる由縁です。法的にも対等であります。しかし両者を比較した場合に、市民は市長(行政部局)から行政サービスの提供を直接受けることもあり、その分市長の行動が派手に映ります。議会は請願や陳情での市民との接触、一般質問でのSTVの議会中継以外は馴染みが薄いとも言われます。そもそも地方自治は、議会を通じて個々の議員が積極的(能動的)に、市長(執行機関)にものを申し、須坂市に止まらず広域的な政策の提案をし、一方、事業進捗の監視や事業完了後の調査に至るまで、目付する議会活動でなければいけないと思います。当然、議員も政策を主張する以上、首長と同等に政治責任を負う気構えが必要です。議員は決してアジテーター(扇動者)であってはならないからです。

市議会議員にも、法律全般にわたる基礎力や洞察力が要求される時代が来ました。もはや「片手間議員」とか「市議会議員は素人集団で良し」とする、即ち「須坂の名士」とか「名誉職」の時代ではなく、市民は、市議会議員に、専門性、理念、迅速な決断力と実行力を求めています。「須坂の利益」は何かを念頭におき、市議会議員の役割を一つ一つ果たすことが大切なことと思います。 私は、市民権を護るために権力に強い議会を目指します。



2. 中心市街地の商工業者の復興を図り、街に活気を取り戻します。



 中心市街地の活性は、全国の都市の課題です。やる気のある商工業の皆さんに、行政として手助けするは当たり前の話であります。「須坂駅は須坂の顔」と位置付け、駅周辺の住環境整備と生活安全のために防犯カメラの増設や駐輪場の建設の実現を図ります。郊外に住む人が駐車料金を気にせずに市街地に出て来れるためにも、全国から観光客が須坂を訪ねてもらうためにも、無料市営駐車場を提唱。「夜道でも一人で歩ける須坂」を実現するために、商店街の復興と「駅前交番の復活」を推進し、にぎやかな街づくりを勘考します。

思うに、須坂の市街地活性化問題は、第一に商工業を営む皆さんの「やるき」です。第二に「たとえ1円でも須坂に落とす。」市民の連帯意識。第三に、一度来てくれた観光客が「もいちど行きたい町 須坂!」の思いを駆り立たせる魅力です。外の市町村の猿まねでは、須坂に人様は来てくれません。空洞化した市街地に人が戻ってきて住める。須坂で一生を終えて良かったと言われる須坂を構築します。町場を遺跡や文明の街にしたくありません。


3. 須坂の子弟は、須坂が育てる教育を提唱します。

 
 
教育は須坂の礎であります。義務教育は、子供たちにとって、国あるいは市から受ける最大の行政サービスであります。将来の郷土を担う子供たちに、須坂市が財政的に許せる最大限を教育環境や教育設備にかけ、人材育成に力を注ぐべきです。地方分権時代であればこそ、須坂の青少年は須坂が育てる姿勢を強固に提唱します。国家からの押し付けの「郷土を愛する心」、「公共心」そして「伝統、文化の尊重」やではなく、このまちで育つことを誇りに思い、須坂の伝統や文化を誇り感じて、自らが行動できる子弟を須坂をあげて育てようではありませんか。


4.できることを分かち合う 温もりのある福祉を目指します。

 若いときから須坂で働き、納税等市民の義務も果たし、老いてみたら身寄りのない人となっていた人を、須坂は見捨てるようなことをしてはなりません。この人たちに須坂が終の棲家を提供するは当たり前の話です。私が寿楽園を須坂市民限定の利用施設にすべきであって、長野広域行政組合に組入れるを反対する理由はここにあります。身寄りのない低額国民年金受給者には、後述の5に示すように、市の仕事を民営化するによって、雇用の場を拡大し且つ優先的に職を与え、老いても健康であれば、働いて収入の確保が図れるようにしてあげる施策が必要です。病気で働くことができなくなったら、市民が皆で世話してあげる。行政感覚のしてあげる福祉から、できることを分かち合う、温もりの高齢者福祉行政を目指します。体の弱い人にも篤い施策を心がけます。


5.民営化を図り市職員の大幅削減を提唱し、ワークシェアリングやNPOの道を拓きます。

私は、市の公共事業のうち、民間で出来るものは民間に開放すべきと、4年前に市議選に出るにあたり提唱しました。当選後も、一般質問で再三に亘って私は執拗に市職員の年次主義や横並びを廃止し能力主義にすべきであると主張しています。市も緩やかな効果を描きながら、削減施策が進められている印象を持ちますが、政府が本腰で能力主義を徹底させようというなら、先ず公務員に労働基本権を与え、民間同様に労使交渉で決められるようにすべきです。そのことにより、市職員に賃金の格差をつけたり、削減も出来るのです。市民に仕事を開放することが可能となりワークシェアリングやNPOの土壌が培われると期待します。須坂市は、緊縮財政に落ち込む今後の見通しからしても、私の提唱は受け入れざるを得ない時代的要請と思います。

 民営化の成功の鍵は、互いに相反する三つの要素をどのように両立するかだと思います。すなわち、(1)新たな組織の独立性、(2)新たな組織と国の関係、(3)競争の導入と言われています。私は、須坂市は、すべての福祉事業、保育、ごみ処理などの事業を積極的に民営化し、民間のきめ細かなノウハウを導入すべきで、将来は公民館、体育施設、生涯学習センター、メセナ、女性室、児童館などの運用や公共施設管理も民営化かNPOに任すべきと考えます。市民のためにやる気のある人々が広く公共の仕事で活躍できる時代になると思います。

               

 

【 市町村合併問題等について 】


 
平成14年4月6・7日午後9時からNHKで放映された「地方分権・構造改革」のうち、6日の地方財政危機については、3月市議会で展開した私の地方財政論に一致し、7日の市町村合併論についても、私が日頃展開している合併論を後押ししてくれたような番組でありました。まず国民なのか県民なのかそして市民なのかの捉え方でありますが、結論は当然市民であります。そして重畳的な発想で県民、国民として捉え、国家が形成されると解すべきと思いまます。国家は外交、防衛、通貨等極めて限定した機能を維持する財源以外は、地方に明渡し交付税制度を改めるべきです。財政の貧富の差の是正も大切ですが、やる気のある地方都市は必然繁栄する途も開けておくべきです。税金の還流ではなく、税の上納の利点・不利益を地方自治体は真剣に考えるべきではないでしょうか。地方分権とは、須坂市が国から与えられるではなく、国を支えることに意識変革することと思います。


 【合併資料から】 総務省は、現在3,218ある市町村数を合併後に「1,000」とすることを、政府の正式な努力目標に格上げした。「3,218団体」とは、平成14年4月1日現在の我が国の市町村数です。このうち「市」は675、「町」は1,981、「村」は562で、「町」が一番多くなっています。市町村の数は、明治21年まで7万を超えていましたが、明治22年の「明治の大合併」により約5分の1の15,859団体に、さらに昭和28年からの「昭和の大合併」を経て、昭和36年6月には3,472団体と現在とほぼ同じ数になりました。明治までは「大字」の数だけ村があったのです。



【常設型の住民投票条例について】



 憲法に地方自治制度が謳われていますが、国家は議院内閣制、地方は二元代表制の制度を保障したと捉えます。

 議会が賛成と反対で真っ二つに分かれてしまって、いくら議論してもなかなか結論がでないで、議会の機能がなされないときに、みんなが投票して判断材料にしようとするのが住民投票の大きな狙いであると思います。しかし、国政選挙も、県議、市議、市長選も広義の住民投票であり、参政権の行使であることを忘れてはなりません。住民投票にかける案件は、利害が著しくその地域の住民や子孫に関わるような重大な事柄と、極めて限定的に解すべきと思います。私は住民投票条例が時代の要請であることを十分に認識しながら、市民の意思を如何に市政に描き出すかを念頭に置いた議会制民主主義(間接民主主義)の調和を摸索してまいります。

★カバンとは無縁ですが、
        私には皆様というジバン・カンバンがあります。



【 市議会議員になる前に、市民益を願っての提唱とおもな行動】

※S50関越自動車道へのバイパスとして県境の町須坂のため「米子トンネル」を提唱。※S56子孫のために更埴〜須坂〜中野間の高速道路予定地に新幹線を走らせるべきだ。須坂市分の新幹線用地を市が国鉄に提供すべき提唱。△S58不動産取引に関わる苦情相談を、画一的な無料相談所を設けて、被害者の解決にあたるように提唱。現在の全国組織である「不動産無料相談所」が開設されました。△S59 市民の権利を護る為、行政書士に代理権を付与すべき提唱。(H13、行政書士に代理権が国会で法定化され、行政書士の権限が市民のために拡大されました。)S61境沢町の区費の一本化。H元年 境沢町タイムカプセル埋設。※H2長野新幹線がミニ新幹線に変更案が浮上した折、あくまでフル規格を主張しました。※H3〜H10須坂IC周辺地権者会事務局。△H6、境沢町は機構改革を断行。※H6北アルプスにトンネルを掘って北陸と長野を結ぶアルプスルートを提唱。※印は故田中英一郎元県議会議長と政策立案。

【 議員になったこの4年間でのおもな提唱と行動・処理 】


【 一期議員4年間での議員活動 】

○H11年3月。本会議場は対面方式にすべき提唱。⇒議場を改造して、平成15年6月議会より実施される。
○市内にある長野電鉄の第四種踏み切りの整備は、長野電鉄が企業責任で行なうべきだ。企業の負担で整備出来ないならば、人命尊重の趣旨から全部廃止すべきだ。⇒全部廃止の方向。
○H11年9月議会で、人口透析患者への見舞金支給を実現。
○同年10月、須坂に来られた森喜朗自民党幹事長(当時)に「憲法の変遷」の違法性を質しました。
○H12年3月議会。須坂小学校脇の小公園に常夜灯の設置を要望。⇒実施。
○笠鉾会館での須坂小唄の踊り実演を提唱。⇒踊手が萎縮して延期。
○境沢町が抱える課題の内、R403を横断する用水路の改修外7件の懸案事項を解消。上町、井上、相森、屋部、立町外広範囲の市民よりの陳情を受けて処理。⇒全て実施済み。
○市営駐車場の無料化の提唱。⇒市は検討中。
○「須坂名物〇〇丼」を創作して市内の全食堂の共通メニューとすることの提唱。⇒関係団体は検討中
○百々川・古川の河床改修。⇒平成14、15年と浚渫済み。
○H12年6月、商業活性化を図るため、議会が中央通り、銀座通り、御蔵町、広小路、本町通りの5商店街組合を現地視察し懇談会を実施。
○同年10月、TMO実践事例視察に官民共同視察を導入し、情報の共有化を図りました。(前例なし)
○H13年3月議会で、民意の掌握のための「横浜方式」の採用を提唱し市長はこれを採用。⇒市民会議が市内12会場で実施された。
○H14年3月議会で須坂市総合体育館建設は、財政事情の悪化から凍結あるべしと主張。⇒建設は凍結された。
○JBC計画は、経済不況により撤退あるべしと主張。⇒ 計画中止。
○米持地域の悪臭問題の抜本的解決を提唱。⇒市と企業と協議中。
○市内の企業の中国進出を念頭において、大連商工会議所と須坂市商工会議所との友好都市提携に向けて摸索中。
○須坂市の豊富で良質な水を財源に変える計画の発議⇒企業は採算が合うかで検討中。
○駅前交番の復活提唱 ⇒市は長野電鉄と設置に向けて折衝中。
○駅前を不定期にパトカーの巡回により、子女や中高校生を非行から護るための具体策を提唱 ⇒ 須坂署の協力で通年実施中。治安は回復し、犯罪は減少傾向にある。子女が夜道でも歩ける町の復活を図る。
○須坂小唄が踊れる市民を育てることを提唱⇒教育委員会は検討中 
○国政・県政・市政議員報告会(毎年11月第3日曜日)を国会議員・県会議員・市長・弁護士の協力を得て毎年開催。
○市長と会派代表とのクエスチョンタイムを提唱⇒会派で検討中
○開かれた須坂市議会をめざす議員連を設立し、審議事項を議会に提言した。
○通年、行政相談。許認可申請等の相談に市民相談の形で奉仕中。
○臥竜公園内の市博物館脇の悪臭公衆トイレを水洗トイレにするように苦言。⇒水洗トイレに改修
○須坂保育園脇の市道の未整備部分を改修。
○宅地建物取引業者が陳情が為した「開発行為による道路の法的取扱について」を、市と法的見地で協議し市の方針を確定。
○議会で再三、須坂の子弟は須坂が育てる精神を提唱。峰の原の児童・生徒を仁礼小学校、東中学に通学させることの取扱の改善要求。⇒教育員会は実施を模索中。


【会員の広場】
○ 壽三郎さんは、議員になられたらきっとやる人と信じていました。しかしお見事です。 森山氏(元町議)
○  壽三郎さんは一期議員でありながら、議会の土手っ腹に穴を開けて、陽射しをこれでもかと言わんばかりにあてました。その結果、議会は市長との馴合いがなくなり、議会に緊張が戻り議会の機能が復活! T氏(地方公務員)
○   壽三さんは、生れ在所である泉小路を大切にするところが偉い! ワシらには泉小路は心の故   郷だね。  S氏(上町出身)
○   壽三郎さん、人間は切れすぎてもいけない。ときには、なまくらになることも必要だよ。支持者より
○ 只今、速報版45拝読。永井市長の総合体育館建設を凍結すると決断(事実上の中止)を拝読  し感銘。そのために戦った貴殿及び貴殿の同志に一市民として謝意を表します。 I先生(元高校教諭)
○ 今テレビを見てたら、須坂の体育館凍結のニュースでした。ご活躍をお祈り致します。  高山さん(松本市)
○ 壽三ちゃん、角栄か壽三郎と言われるような政治家になってね。負けちゃだめだよ!  幼馴染のK子ちゃん
○ 遠い昔、壽三郎ちゃんが亡き母に、「おばちゃん!俺、大きくなったら東京に行って、偉くなったら  楽させてやるからね。」と言われた言葉が思い出され、とても胸が熱くなりました。母も元気でいたらきっと。  紀三子さん
○ 三月議会(h14)の壽三郎さんの一問一答は、いままでの市議会を一変させましたな。若いときに弁護士さんのもとで、みっちり基礎を仕込まれたことが、いま花を咲かせているようで、とても頼もしく感じますな。 K氏
○ 会報ことぶき6号ありがとうございます。半年毎にいただく会報が、今は一番の楽しみです。 T夫人
〇 壽三郎さんの言動には、幕末の志士たちの馬力を感じるね。果敢に議員を全うしてください。 元県職員(長野市)
○   体育館建設問題で、真剣に永井市長さんを諫言したのは壽三郎さんだけでしたよ。徳川家康はね、主君に対する諫言は一番槍より値打ちがあると言ったとか。会派の飛び出し?関係ないわよ! あんたはあんた! M夫人
○ 会報ことぶき7号届きました。市長に諫言した佐藤さん、その直言を受け入れた市長のお二人に敬意を表します。物事を進めることより退くことのほうが難しいと言われています。頑張ってください。   元茅野市議
○ 壽三さん、36年前に大きな志を抱いて上京したから今があるんだよ。でも、まだまだ途中だね!  S夫人



 どうぞ 大きく育ててください 

 市民の皆様。彼の登場により市議会は一変し、市政は大きく変わりました。四年間の佐藤壽三郎さんの活躍は、総合体育館の凍結行動でも、十分お分かり頂けたと思います。馬力が違いました。発想が、行動力が違います。是々非々を貫き通すことは大変なことですが、信念を貫いた彼の行動によって、須坂の将来にわたる財政負担の危機は回避されました。「愛すべき郷土須坂市を、いま一度活気みなぎる町にしよう!」と燃えている新しい力の壽三郎さんに、活躍してもらうためにも後援会の拡充と力強い支援が必要です。どうか当後援会にご加入いただきまして、壽三郎さんを応援してくださいますようにお願い申しあげます。

 既に会員の皆様も、是非同志をご紹介くださいますように、お願い申しあげます。

壽會佐藤壽三郎後援会 会長 竹 村 徹 志

発 行 人      須坂市議会議員 佐 藤 壽三郎 
発行責任者 壽會佐藤壽三郎後援会 竹 村 徹 志

須坂市墨坂南一丁目6番23号(境沢町) 
fax 245-5673  電話 245-0050

発行日 平成14年12月22日
(お断り:本会報8号は、新規後援会会員拡張用のため作成しました。既刊の会報ことぶきと記事が重複する部分があります。)